December 02, 2016

阿川弘之 「鱸とオコゼ」

平成17年9月25日 株式会社新潮社 発行。
若い時に読んで面白かった短編でAmazonで探したけれど見つからず、結局図書館の『阿川弘之全集 第二巻』に掲載されているのを見つけて借りたもの。そのあとよく調べたら『青葉の翳り』という自選短編集に収められているのが分かった。戦争ものの作家と見られがちだが北杜夫や遠藤周作たちとの交流のおかげなのかユーモアと皮肉あふれる作品も多く、この作品も海の中の生き物を擬人化した愉快な作品だ。

海の中、胃の調子が悪いと鱸(スズキ)がやぶ医者のオコゼの診察を受けると、お前は今まで蝦を食べすぎたのだ、これからは蝦をやめて菜食主義になりビタミンCを取るのだと言われる。まずい海藻を食べながら愚痴っていると念仏を唱えながらやってきたなまぐさ坊主の海月にあまり気にするなと慰められる。
海上の船では、朝から少しも釣れない二人組があきらめて帰り支度を始めたとき、一人が面白半分に海苔巻の胡瓜を餌にして放り込むと大きな鱸が釣れ大喜びする。生簀に放り込まれた鱸は先に蝦を食べて釣られたオコゼがいるのに気づき「このやぶ医者め!」とくってかかる。海の中ではなまぐさ坊主の海月がぐちゃぐちゃと笑いながら泳いでいた。
瞬間湯沸かし器と言われた短気な阿川弘之にしてはなんともとぼけたお話だが魚たちをうまく擬人化してい楽しい一編となっている。文中のシーンで朝鮮戦争が終わったころの作品だと分かる。海月がぐちゃぐちゃと笑うという表現が秀逸。
 
借りた全集は10年ほど前に刊行されたものだが、これまでに借りたのはどうやら私一人のようで新品同様だった。文章の天才阿川弘之氏に申し訳ないと思う。
 

去年の東福寺。助手の撮影。古木の苔が美しい。

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October 29, 2015

村上 春樹 「ダンス・ダンス・ダンス」

2005年9月 株式会社講談社 発行
上下巻で800ページもの大作なのとこの作者らしい突き放したような終わり方なので読み終わってからの印象をまとめるのに苦労した。
「羊をめぐる冒険」の続きということだが羊男がそれほど重要な役割を演じているとは思えず途中から行動を共にする13歳の少女ユキと中学の同級生の俳優とのからみがメインになっていてその周りで起きる多くの死が彼に付きまとう。
「ノルウェイの森」で名実ともに一流作家となった村上春樹のまさしく絶頂期ともいえる作品で、ほとばしるようにあふれ出る比喩、警句、巧みで辛辣さにあふれるユーモアに圧倒され読むスピードが落ちなかった。
物語性としては一貫性に欠けるきらいがあるが読んで面白いのは間違いなく文章の平易さも相まって村上節に身をゆだねて読み進めばいいのかもしれない。
沢山のロック、ポップスが出てくるなかで突然シューベルトのピアノトリオ第2番を聴く場面が登場したのが村上さんらしい。
図書館で借りたので読み直す時間がなくやはり手元に置いて読み直すのが一番だと思った。

 

コスモス 助手編です。
安いコンデジだけどよく写りますcamera
 
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October 11, 2015

村上春樹 「独立器官」

株式会社 文芸春秋社から2014年4月20日発行された短編集「女のいない男たち」に収められたもの。

今年も村上さんがノーベル文学賞をとれなかったと話題になっているが、物理学・化学、生理学・医学など研究成果が明白な分野と違って個人的な嗜好の違いも大きい文学で受賞することの意味はそれほど大きくはないと思う。
少々難解な言い回しやストーリー展開が多いけれど読後に独特の余韻を与えてくれる村上さんは私にとって好きな作家だと言えるし、多くのファンの方々もそれで十分だと思っているだろう。

難解な物語の多いこの人の作品の中でもこの短編集は比較的平易な表現が多く、ある意味肩透かしを食らった思いがするが相変わらず巧みな比喩をちりばめた文章は達人の技ともいえるもので、この村上節に酔うのがファンとしての楽しみかもしれない。

この物語は、独身でも常に複数の女性と巧みな関係を保ち、何不自由なく人生を謳歌していた中年男が初めてと言っていい恋を知ってからの苦悩と破滅を描いたもの。
彼女との不安定な関係に身を裂かれるような思いをしているとき、自分と同じく何不自由なく暮らしていた男がアウシュビッツに連行された本を読み、すべてを無くす恐怖感を味わってしまう。
その後、夫がありながら男と逢瀬を重ねていた女は結局別の若い男に走り、本を読んで以来鬱状態に陥っていた男は自分をこの世から無くそうとする。

何かに不安を覚えた者がその不安をさらに助長するような負の情報を得ていわゆるスパイラルダウンしてしまった話だが、現実でも仮想の話を過去の実例などから類推して不安を募らせていくということはあると思う。
しかし、そんなことを考える人はこの話の主人公のように実際には不自由なく暮らしているのであって実際に現実の悩みを抱えている人は余計な不安を抱え込む余裕などはないのだ。
重い病気にかかっている人は他のどんなことより今この病が治ってほしいと切に願うだろうし、この間の災害などで家が流されたり被害に遭われた方々は一刻も早く元のような普通の暮らしに戻りたいと思われているはずだ。

私自身、日頃考えることはまず自身の健康維持、次に配偶者の健康維持、そして息子たちの幸せだし配偶者は家計の維持に懸命だ。ましてや国家レベルの問題にまで思いを馳せる余裕はない。


 
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September 27, 2015

万博のコスモス ちょっと早かった

そろそろコスモスの季節だと万博公園に行きました。

西口から入るつもりでしたが結構スピードを出す外周道路の車やバイクに気を付けていたら入り口を通り過ぎてしまったsweat01
東口から入ろうかと考えたのですが、まあいいやともう1週回りました。

西口から入るとほどよく整理された木々の緑が目を癒してくれます。
中央をまっすぐ行けば日本庭園に続きます。

今回はEOS-X7 40mmの中望遠をメインレンズにしました。
 
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あまり人の来ない西口から入って林の中を進んで花の丘に入ると草むらのなかにほんの少しだけコスモスが。
 
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10日ほど早かったようですが少しだけ咲いているところに来ると若いカップルがレトロなカメラを手に本当に楽しそうに写していました。
器種を訊くと「○ーライです」と丁寧に教えてくれました。
万博公園に来る若い人は自然愛好家らしく素敵な方が多いのですがこれくらい爽やかなカップルを見たのは初めて。
ちょっといい気分でしたnote
 
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コスモスが少ないのは残念だけれど秋の青空と雲が見られたのでまあいいか。また来ます。
 
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September 05, 2015

又吉 直樹 『火花』

平成27年9月号の「文芸春秋」誌に掲載されたもの。

漫才師が小説を書きそれが芥川賞を受賞したということで話題沸騰だが、作者は小さい時から読書が好きで何年も前からエッセイを書いているのでそれほど驚くことはないと思っている。それよりも「お笑い芸人」とか「漫才師」という前書きは人を職業、身分、地位、見た目で評価しようとする悪い習慣だと思う。
 
駆け出しの漫才師である徳永は型破りな生き方をする先輩漫才師の神谷に出会い、師と仰ぐほどの交流を続けていく。きちんとネタを考え抜いたうえで独創的な漫才を目指す徳永とどこにもない個性的な漫才を目指す神谷とはその相反する性格故長く交流を続けられたのだが人気が出始めてテレビに出た徳永の漫才を見た神谷は面白くないと言い、徳永は言いようのない屈辱感を覚える。そして人気が落ちてきたことを自覚した徳永が漫才をやめると告げてから神谷が変わり始めた。

売れない時代を過ごす漫才師たちのそれこそ火花が散るような言葉が飛び交う物語なので1度読んだだけでは十分に理解できなかったのが本音。全編のほとんどがこってりとしたとした大阪弁で書かれているので大阪弁になじまない人にはつらい部分があるかもしれないが、徳永の心情や情景の描写などはきめ細やかで場面の展開なども丁寧なのはこの作者らしいと思う。
汚い服を着た芸人たちが古びた劇場で何とか陽の目を見ようと生きていく姿の描き方に愛情が感じられるし、売れない神谷に尽くす女性を見る優しいまなざしがとてもいい。

最後の変わり果てたといってもいい神谷の姿には女性選者の一人が異議を述べたように違和感を感じたが、ある種破滅的魅力のあった神谷が目標を見失い、結局は自分自身を破壊してしまったのだろうと考えた。

職業上これ以上お笑いに関する物語は書けないように思うが、作者の繊細な感受性と独特のユーモアを生かした小説を期待したい。


 
大阪キタの名曲喫茶で。
バロックの後、急に「ペトルーシュカ」が流れたので驚いた。note
 
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August 20, 2015

長岡 弘樹 『迷走』

2011年9月 株式会社双葉社発行
『傍聞き』という短編集に収められていたもの。
腹部を刺さされた男を収容した救急車は応急手当てをした後、受け入れ先が決まらないまま病院の指示を待っていたが、被害者が指定した懇意らしい医者と連絡を取っている間突然相手の声が途絶えてしまう。隊長の判断で決めた病院に走り始めるとやがて受け入れOKの連絡が来る。しかし、病院に着いても隊長はなぜかサイレンを鳴らしたまま病院の駐車場や周辺を走らせる。
刺された被害者は検察官であったが、隊長の娘が1年前に交通事故で重傷を負った事件でなぜか加害者を起訴しなかった。娘への恨みのために救急車を迷走させているのだろうか。

50ページほどの物語だがグイグイと引き込まれる筆力と最後に明かされる隊長の不可解な指示の意味にアッと驚かされる。読み応えのある短編だ。
 
 
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August 14, 2015

伊坂幸太郎 『レトリーバー』

2007年5月15日:株式会社講談社刊

「チルドレンというタイトルの短編集に収められた5つの物語の1つで、若干時間軸が行き来するけれど登場人物はほぼ同じなのでそれぞれの話に統一性があって読みやすい。

駅前で集まっていた3人の友人たちの周りにいる何組かの人が2時間近くもほとんど動かないことに気付く。本を読んでいた女性は10ページも進んでいないしヘッドフォンで音楽を聴いている若者もCDがそんなに続くわけもない。ふられた直後で屁理屈だけは人一倍達者な友人が世界は止まったのだと騒ぐ中、詳しい状況を聞いた盲目の友人がその謎を解き明かした。
レトリーバーというのは盲目の青年の連れている盲導犬の犬種、ラブラドール・レトリーバーのことだがここでは「取ってくる」という意味を含めている。
他の物語にも登場するが個性的な男女3名の話が楽しく、特に陣内という明るいキャラクターの男と冷静沈着な永瀬という盲目の青年が魅力的に描かれている。

話が書かれたのが10年ほど前だからCDウォークマンとかビデオテープとか出てくるアイテムが古いのはやむを得ないところ。

文中に面白い比喩がたくさん出てくるけれど村上春樹ほど洗練されていないのは仕方ないかな。
 
 
 
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August 04, 2015

芥川龍之介 『鼠小僧次郎吉』

気のきいた短編を読みたいときは青空文庫が本当に便利だが、この作品は芥川にしてはちょっと珍しい内容のお話。
汐留の船宿の二階で3年ぶりに再会した2人の遊び人風の男が酒を酌み交わしながら最近の江戸の話していたが鼠小僧の話題が出た時、江戸を離れていた男が旅先で偽の鼠小僧に出会った話をする。
話自体はそれほど込み入ったものではなく、江戸を離れていた男が最後に自分がその鼠小僧なんだと種明かしをするところで終わるのもひねりがなくてこの作者らしくないと思うが、情景描写が実にきめ細かくてまるで映画の一シーンを見ているよう。
まず二人の着物は親分と呼ばれる貫禄のある男は結城の紬に八反の平ぐけの帯、古渡り唐桟の袢纏、もう一人のやさ男は小弁慶の単衣に算盤玉の三尺。何のことや分からずウェブで調べたら親分のほうはかなり上等の着物を身に着けているが、やさ男が着ている小弁慶の単衣や算盤玉の帯というのは遊び人のいなせというかカジュアルな格好ということらしい。
着物以外にも宿の床の間の滝の掛け軸、伊予すだれ、2階の窓から見える海鼠壁に夕日が当たる様子など初秋の汐留の船宿の様子が目に見えるようだし昔の旅の様子などもきめ細かく描かれていて楽しめる。 
芥川の作品としては取り立ててどうというものではないが、この作家が並外れた感性の持ち主であることがよく分かる短編だ。
 

 
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June 23, 2015

坂井 希久子 著 『ヒーロー インタビュー』

2013年11月8日 株式会社 角川春樹事務所 発行
阪神タイガースに入団し、10年間のほとんどを二軍で暮らした男が主人公。
彼が活躍することを信じているのは、尼崎のさびれた商店街の片隅で理容師をしているわけありの女性、彼の素質を見抜いてスカウトした男、高校の野球部の仲間とその家族、同じ球団にドラフト1位で入団した若いピッチャーなどがいる。
野球の素質は抜群なのに運がないのと肝心な時に力を出せない男は、理容師の女性に好意を告白するが夫がいると言われ、そのあとの試合ではそれまでの好調さが嘘のように力が出せない。
女性は暴力をふるう夫から逃げてここに隠れるように住んでいたのだ。

その他、タイガースの取谷、金谷、絵山などの選手、ドラゴンズの岩背、最年長投手の山村昌司などの登場人物に思わずにやりとする仕掛けも楽しい。
女性が1年前に離婚されていたことを知った男は終盤の優勝争いの中で超特大のホームランを打ったのを最後に引退し彼女と共に新しい人生を歩き出す。
話の中心は理容師の女性と男の恋と野球のからみだが、彼らを取り巻く登場人物たちの語りで進めながらクライマックスに持っていくという仕掛けがうまい。

大阪弁満載の小説なので虎ファンや大阪圏以外の人にはとっつきが悪いかもしれないが物語としてはとても楽しめるもの。

 
 
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May 15, 2015

柏井 壽 「鴨川食堂 おかわり」

株式会社小学館 2014年8月31日発行
前年に出版された「鴨川食堂」の続編にあたるもので、どちらも料理の名前がついた六話からなる短編集。
京都の下京区に看板も暖簾も出さないひっそりとした食堂がある。見かけによらずおいしい料理を食べさせてくれるのだがそれ以外の仕事として「食探し」という探偵業も請け負っている。
もう一度食べたい、食べさせたいという依頼人からの料理を調査して再現するのだ。
やってきた依頼人に、主人が出す料理はいかにも京都というもので格別凝ったものではないけれど食べたあとは誰もが満足して食探しを依頼する。主人が遠くにでも足を運び調べて作った料理は味の再現だけではなくそこに込められた夫婦、親子の愛情を確認できるものだった。
料理といっても鍋焼きうどん、とんかつ、肉じゃが、ハンバーグといったいわゆる食堂メニューがほとんどで、それゆえ再現も難しいが手を抜かない主人の努力で依頼人は満足する。
「鴨川食堂」も読んだが、今回はこの「おかわり」から「海苔弁」を選んだ。

大分の高校から大阪の体育大学へ進んだ学生が、中学生の時に父親が毎日作ってくれた海苔弁をもう一度食べたいとやって来る。
ギャンブルにはまって家庭を顧みず、結局妻に逃げられた父親も弁当だけは作ってくれたが毎日決まって海苔弁だったので恥ずかしくてかきこむようにして食べていた。底にご飯を敷き、醤油をかけたオカカを乗せた上にまたごはん、そして上全面が海苔という何の変哲もない海苔弁だが大阪に来て食べた海苔弁は味が違うという。
父親がどんな気持ちで毎日作ったか知りたいという願いに大分まで行って調べて作った海苔弁を食べた学生は同じ味に再会して涙する。
オカカだと思ったのは実は焼いた太刀魚の身を細かくほぐしたものにカボスを振りかけたものだった。父親は毎日食べても飽きないように工夫していたのだ。
父親に愛されていたことが分かった学生は晴れ晴れとした顔で店を後にした。

カボスが大分の特産だとは知っていたが太刀魚も全国トップクラスの漁獲量だと知った。京都だけでなく地方の特産品をうまく取り入れてほのぼのさせてくれた佳作。
 
内容も楽しいが依頼人に出す京風の料理が食べたくなるおいしい本だ。完ぺきな京都言葉満載なので関西以外の方は読みづらいかもしれない。


 

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