May 29, 2015

「最強の相棒」第11回

 その日、家に帰ると久美子が来ていた。
孝は正式に久美子の家に挨拶に行ってきたという。
綾は、彼女と話をしているとき、少し関西弁が混じることに気付いた。
「久美子さん、お生まれはどちら?」
「京都です。小学校3年の時に転向して来たんです。だから言葉がおかしいってよくからかわれました」確かに言葉の違いもあっていじめられたんだろうなと綾は思った。

「言葉もそうですが、自分と違うからと嫌ったり受け入れようとしないことが差別となっていじめにつながるんです」
彼女は、おっとりとした見かけによらずはっきりとものを言う。
確かに、それを体験してきた彼女の言うことには説得力があった。

「小学校でいじめた同級生が、大学生になってから会うと、京都はいいねって言うんですよ」ちょっと皮肉っぽく笑う。
「でも、いじめられたおかげで孝さんに巡り合うことが出来たんです。今はいじめられたことに感謝しています」
彼女は、いじめとか差別は人の心の弱さの表れだという。さらに、自分の先祖の自慢をしたりするのも自分をよく見せたいと思う一種のコンプレックスだという。
綾は近藤の母親の顔を思い出して大きくうなずいた。

「人の本当の強さというのは、容貌とか言葉とか地位などにとらわれず、どれだけ相手を理解し、価値を見いだすかにあると思います」
そこまで言ってから、さすがに恥ずかしそうに笑った。

 綾は、久美子が大学で社会心理学を学んだと聞いて納得したが、さらに孝に出会ってから就職を止めて大学院に進んだという。
二人だけだったので綾は思い切って訊いてみた。
「もし、孝が海外へ転勤とかなったら大学院はやめるの?」
「もちろん、やめて付いて行きます。孝さんの行く所なら地球の果てでも付いて行きます。私は孝さんの相棒ですから」きっぱりと言い切った。

 綾は、ていねいな言葉遣いをする久美子の口から相棒という強い言葉が出たことに驚いた。もとは昔の駕籠の担ぎ手のことをいい、二人揃わなければ成り立たない関係の例えだ。
『あの娘(こ)は、孝を信じ、ずっとそばにいて力になると決めたんだ』縁あって結ばれた男女の絆の強さを知った綾は、久保への答えを出そうと決断した。

 それから2週間経った月曜日の朝、久保がそろそろ店を開けようとした時、携帯が鳴った。綾だ。
「おはよう、お父さん、どんな具合?」
「ああ、病院にリハビリに行った。けっこう元気やで」
「一人で大変だね。大丈夫?」
「ホンマ、一人で大変や、でもな綾、これから店を開けてすぐ予約の撮影があるねん。悪いけど電話切るで」久保は携帯をしまって店のシャッターを開けた。
目の前にキャリーバッグを持った綾が立っていた。
「ほら、最強の相棒が来たよ」


「最強の相棒」  ― 完 ―

| | Comments (4)

May 28, 2015

「最強の相棒」第10回

 しばらく話をして、帰るという久美子を玄関まで見送るとき、彼女が軽く左足を引きずることに気が付いた。
「小さい時に交通事故に遭ったんだって」
帰った後、母がそれだけ言って目を伏せた。
「でも、いい娘(こ)だよねぇ。孝は幸せ者だよ」綾は一目で久美子が気に入ったが、母から孝と久美子のなれそめを聞いたあとは本当に感動してしまった。
孝がいじめられていた小学生の久美子を助けて、その後大人になった二人が再会して結婚するってドラマみたいだ。
「縁なのよね。結婚って結局縁だと思うのよ」母はしんみりと語った。

 自分の部屋に入ってから綾は久保とのことを振り返ってみた。確かに、専門学校の時から学科は違うのによく遊んだり飲んだりした。
のんびり、ふんわりした男なので印象が薄かったけれど、何年振りかで会っても気負わずさらりと話しが出来るし、デートを重ねるようになってからは彼と一緒に居ることに安心感を覚えていた。

 近藤とのことを話したあと、彼が率直に良かったと喜んでくれて、心の重しが取れたようになった綾は、もし彼が誘えばその気になっていたかもしれない。でも、彼はそうしなかった。ちゃんと家の近くまで送ってくれた。しかし、それ以上の発展も無く、先日告白されたのだ。
急だったので照れくささもあっていじわるく彼にあたったけれど内心は本当にうれしかった。そして彼が優柔不断だったわけではなく、自分のことを本当に大事に思ってくれていたこともよく分かった。
しかし、言葉の違う関西に行くことはためらわれた。もう少し考えようと思う。
結局、彼に連絡できないまま新年を迎えた。

 新年最初の仕事は、久保がホームグラウンドだと言っていた式場だった。会ったらなんと言おうかと考えながら機材を揃えていたら、やって来たビデオの担当者は久保よりずっと年配の男だった。
「今日は久保さんじゃないんですね」
「ああ、あいつ、去年一杯で辞めたよ」
「ええ!」驚く綾の顔を見て相手は話を続けた。
「急に父親の具合が悪くなったとかで、年内で辞めたいと言い出してさ、おかげで僕も久しぶりでビデオを回す羽目になったんだ。困ったよ」と愚痴る。

 その日仕事が終わってからすぐに彼に電話をした。「話、聞いたよ。大変だね」
「ああ、綾と最後に会った次の日にオヤジが倒れたと電話があって、急いで神戸に帰ったんや」
「お父さん、大丈夫なの?」
「うん、軽い脳梗塞やけど、店にいたお客さんがすぐ救急車を呼んでくれて、手当てが早かったので右手にちょっとしびれが残る程度で済んだ」
「じゃ、写真館の仕事は?」
「まあ、オレも素人と違うから何とかやってる」
「がんばってね」綾は電話を切ってから、彼がもう自分の近くには居ないのだということを痛感した。

| | Comments (0)

May 27, 2015

「最強の相棒」第9回

 とりあえず食事を終えてから一緒に店を出たが、綾の思いは複雑だった。
告白されたのはうれしいけれど、あまりにもデリカシーが無いと思う。もう少し前から好きだと言ってくれたり、雰囲気のある場所でキスをされたり、場合によっては彼の部屋で一緒に過ごしたりといった恋人の段階が欲しかった。
そして、プロポーズの前に自分の都合が優先したのも許せない。

人通りの少ないところに来ると、綾はあらためて彼に文句を言った。
「久保クンのこと、いい人だと思ってるよ。でも今まで私のことをどう思っているか何も言ってくれてないじゃない。自分が神戸に帰るからって、たまたまそばに居た私を選んだだけでしょ。勝手だよ」
「そんな、急な思い付きで言ったんじゃないよ。前から綾のこといいなと思っていたんだ」いつもの関西弁ではなく、ちゃんと標準語で弁解するのがなぜかおかしい。

「だったら、私のどこがいいのかちゃんと言ってくれる?」
「どこって、言われてもな」久保は一瞬口ごもったが、綾が怖い顔をしてにらんでいるので慌てて答えだした。「まず、仕事熱心で、何にでも前向きで真剣なこと、体力もあるし・・・」
「そんなことじゃなくて、もっと肝心なことをはっきりと言って!」綾は真剣だ。
「分かった、オレな、綾のこと全部好きやねん、全部や、丸ごと好きや!」必死になった久保はいつもの関西弁になっていた。

 厳しく対応した綾だったが、いつもの彼と違う真剣な告白を聞いてさすがに顔が赤くなった。うれしかった。でも簡単に答えられる問題でもない。
「久保クンの気持ち、よく分かりました。でも、今日は帰ります。ごちそうさまでした」それだけ言うと彼から離れて駅に向かった。
電車に乗るとすぐに彼からメールが入った。
『前から好きだった。真面目な話だからちゃんと考えてほしい』
綾はしばらく考えてから返事をした。
『わたしのことをそこまで思ってくれてうれしいけれど、大事なことだからゆっくり考えて返事します』

久保の真剣さに綾の気持ちは大きく揺らいだ。ずっと前から知っているけれど、頻繁にデートを重ねるようになってからまだ3ヶ月だ。告白されてすぐに返事ができるはずがない。そのうえ神戸に行くなんてことは考えてもみなかった。この時期の仕事は特に忙しくそのまま綾は答えを出せずにいた。そして彼からも連絡がないまま1週間が過ぎた。

 28日に年内最後の仕事を終えて家に帰ると玄関に女性の靴があった。誰だろうと思いながらリビングに入るとソファに弟の孝と若い女性が並んで座っていた。
「初めまして、永井久美子と申します」女性は立ち上がって丁寧に挨拶をした。
「姉の綾です。この人は、あのぉ、僕のパートナーに・・・」孝が綾を紹介した後は小さな声になったとき、向かいに座っていた母が「孝の婚約者ですよ」と大きな声で言ったので孝の顔が真っ赤になる。

 そうか、春ごろから彼女がいるらしいとは思っていたがもう結婚するのか。
「初めまして。綾です。おめでとう!」あいさつしながら彼女をじっくり観察した。
若い、そして本当にきれいな娘だった。化粧も薄く、清楚でどこのお嬢様だろうと思った。結婚式で大勢の花嫁を見てきたけれどこんなに感じの良い女性はいなかった。
『孝、やるじゃん!』綾は心の中で祝福してやった。

| | Comments (0)

May 26, 2015

「最強の相棒」第8回

 それからは、綾は休みの日に久保とデートをするようになった。彼も綾に合わせて休みを取っているみたいだ。デートといっても彼は車を持っていないのでお昼をファミレスで食べてから街の写真展や美術館に行くことが多い。夜はたいてい居酒屋で飲んで写真の話をするが、学校の講義で習っていたはずなのに彼の技術的な話は新鮮で分かり易い。見かけによらずよく勉強していることに感心する。

 12月に入り、街がクリスマス一色になった頃に珍しく高級レストランで食事をすることになった。
「へえ、どういう風の吹き回し?」
「いや、いつも居酒屋ばかりなんで今日は奮発したんや」照れながら店に入っていく。
彼はこういう店には慣れないらしくぎこちなく食事をしていたが、デザートを食べる時になって急に真面目な顔になって言った。

「おれな、今の仕事辞めようかと思ってるんや」
「えっ、どうして、何かあったの?」綾は驚いて訊きかえす。
「いや、神戸の親父も還暦過ぎて母親が亡くなってからは体調がもうひとつみたいやし、そろそろ帰って面倒を見ようかな、なんて」
「じゃ、神戸で仕事探すの?」
「ウチの家は昔からある写真館でな、おれが跡継ごうと思う」

 母親は2年前に亡くなったのだという。初めて聞く話ばかりだったが、綾は周りの灯りが消えていくような心細い気持ちになった。
デートを重ねるようになってから、綾の考え方や気持ちをよく理解してくれる彼のことが少しずつ好きになっていたのだ。このままずっと彼と付き合おうと思っていた。
「綾、どないしたん?」彼が心配そうな顔で彼女の顔を見つめていた。
気が付くとさっきからスプーンを持ったまま俯いていた。
「ううん、何でもない、それで、いつ会社辞めるの?」
「まだいつとは決めてないけれど、神戸で一緒に仕事ができる相手を見つけてからと思ってる」
「誰か心当たりでもあるの?」

 その時、彼がじっと綾の目を見て言った。
「綾、一緒に神戸に来てくれへんか?」
「えっ、どういうこと?」思わず大きな声を出してしまった。
「僕と一緒に仕事を、いや、ずっとそばに居てほしい」普段と全く違う真剣な顔だった。
瞬間、綾の頭の中が真っ白になった。ずっとそばに居るって、つまり、プロポーズなのか。しばらくの間努めて冷静になって考えた。そして、ゆっくりと、しかしはっきりと彼に言った。
「あのね、そんな大事なこと、こんな場所でいきなり切り出すって失礼じゃない!」
「それに私たち、まだ恋人同士というわけでもないでしょ!」
「そやな、分かった、急にこんなこと言いだして悪かった」彼は素直にあやまった。

| | Comments (0)

May 25, 2015

「最強の相棒」第7回

 翌日の日曜日はいつもとは違う式場での撮影だった。とても仕事をする気分ではなかったけれど昨日無理やり休んだのでそうはいかない。撮影の準備をしていると後ろから声を掛けられた。
「あれ、今日のスチール担当は綾やった?」振り向くと久保だった。
「うん、都合で昨日と替わったんだ」今、彼とは話したくない。それに昨日泣いた跡がまだ少し残っているのであまり顔を見ないようにして答えた。
「久しぶりやな」彼はほかの人とは標準語を使うのに、綾と話すときは関西弁だ。
「ここが、オレの普段の仕事場で、まあホームグラウンドやな」

 綾は、何もなかったようないつもののんびりとした彼の声を聞いて重かった気持ちが少しほぐれた。
「ホンマ、3ヶ月くらい会ってないよなぁ。元気やったか?」
「まあね」心に少し痛みを感じながら平静を装って答えたが、何となく彼に悪いと思う気持ちがある。
「今日、終わったら久しぶりに行かへんか?」彼は綾の気持ちなどお構いなく飲みに誘ってきた。
今日は珍しく午前中だけの簡単な式だから撮影も少なく、その気になれば夕方には一段落するだろう。石を飲みこんだような重くるしさを発散したい気持ちもあったので、結局その日の夜に飲む約束をした。彼も超特急で仕上げるらしい。

 以前よく行った居酒屋で7時ころから飲み始めたが、もうもう10月なのでビールは1杯だけにし、そのあとは珍しく日本酒を頼んだ。彼は、燗をした酒をグラスに注いで飲む綾を見て驚いた顔をしたが、すぐに自分も同じようにして飲み始めた。
「秋になると燗酒がおいしいな」いつものとぼけたような顔で綾に笑いかける。
その途端、綾の目から涙がこぼれ落ちた。

 彼はちらりと綾の顔を見て、少なくなった彼女のグラスに酒を注ぐと「もう少しいけるよな?」と言って「お酒2本!」と追加の注文をした。
「あのさ、ちょっと聞いてくれる」酔いが回ってきた綾は、2本目の日本酒を飲みながら近藤と付き合っていたことと昨日の出来事をポツリポツリと語り始めた。

 彼は「ふーん」とか「そうなんや」とか相槌を打ちながら綾の話を最後まで聞いてくれたが、話し終えた綾の顔を見て真面目な顔で言った。
「良かったやんか」
「なにがいいのよ!」
「いやな、もしその男と結婚でもしてたら一生嫌な思いをすることになるで。早々と本性を見せてくれて良かった、いうことや。ホンマに良かった」彼は、心底良かったという顔をしている。
『人の気持ちも分からずに』と綾は文句を言おうとしたが、彼のうれしそうな顔を見ているうちにもやもやしていた気持ちが吹っ切れていくのが分かった。
 お互い3本目を飲みだす頃には仕事やサッカーの話をするようになり、彼の本当か嘘か分からないような馬鹿話に笑い転げていくうち綾は彼の言うとおり『良かったんだ』と思えるようになっていた。

| | Comments (0)

May 23, 2015

「最強の相棒」第6回

「あの、何代目とかいうのはそんなに偉いのでしょうか?」
「はあ?」女性は途端に不機嫌な顔に戻った。
「最初に武士として認められた方や事業を起こされた方は、一生懸命努力されたのですから立派だと思うのですが、それ以降の方々はただその家に生まれたか、お嫁に来ただけじゃないでしょうか」
言い終わった瞬間、女性の顔色が急変した。
「まあ、なんて失礼なことを!」
「だったら、あなたのお父様はどうなんですか。きっと、一生懸命努力されたすばらしい方なんでしょうね?」自尊心を傷つけられた女は、引きつった顔で反撃してきた。

 綾は後悔したがもう引き下がれない。
「はい、父は私たち家族を守るためによく働いてくれています。社長ではありませんが鈴木家の立派な当主だと思っています」そういった後、さすがに涙が出そうになったが必死でこらえた。
「まあ、ご立派なお父様ですこと。なんという会社でお勤めなのか教えて下さる?」
「株式会社○○の営業部長をしています」
綾の抵抗もそこまでだった。これ以上は持たない。
「お先に失礼させていただきます」軽く頭を下げてからテーブルを離れた。

 店を出てから、必死で涙をこらえて歩いているうちになんとか落ち着きを取り戻したが、乗り換えも、どう歩いたのかも記憶にないまま家に帰りついた。
「お帰り、早かったのね。食べてくるかと思った。ごはんどうする?」
いつものおだやかな母の声を聞いた途端、涙があふれ出てきた。
「いらない!」それだけ言って自分の部屋に入った。
着替えもせずベッドに飛び込むと布団をかぶって声を出して思い切り泣いた。

泣くだけ泣いてから後悔した。
彼の母にきつく言い返したことではない。社長の息子だということで結婚の夢を抱いたこと、そしてその彼が母親に一言も言い返せないマザコンだったことに気が付かなかったこと。
合コンで一緒だった女性のことを冷ややかな目で批判した自分が情けなかった。自分も同じ仲間だった。

 1時間ほどして落ち着いてからベッドを出てバッグの中のスマホを見ると彼からのメールが入っていた。
『ゴメン、君に本当に悪いことをした。もう一度会ってちゃんと話し合おう』
綾は短く返事を返してすぐに彼のアドレスや電話番号を消した。
『さようなら、今までありがとう』

| | Comments (0)

May 22, 2015

「最強の相棒」第5回

「さっそくですが、あなたはどういうお気持ちで浩とお付き合いされているのかしら?」
「いや、だから、それは僕の方から・・・」彼がしゃべろうとするのを遮って続ける。
「二人でどういうお話になっているのかは知りませんが、まさか結婚などということはありませんよね」
「ママ、綾さんに失礼じゃないか」
「浩さんは黙ってなさい!」女性は彼の方を見向きもせずに一喝すると話を続けた。

「浩から突然、あなたと付き合っている、と聞かされて私どもはとても困惑しております」
「失礼ながら、まだ深い関係にはなっていないと聞いて少しは安心しているのですが、それならばここできっぱりとお付き合いを止めていただくのがお互いのためだと思い、こうして来ました」
「浩が何を言ったかは存じませんが、私どもではお付き合いはちゃんとしたお相手を選ぶことから始まるのです」

 綾は、ただあっけにとられて浩の母親の顔を見ていた。
このひと、自分の名前も名乗らずに何を一方的に言うのだろう。彼も、母親に一喝されてからは借りてきた猫のようになって黙ってうつむいたままだ。
女性の一方的な話が途切れたときに綾はやっと口を開いた。

「あの、私たちは時々会ってお食事はしますが結婚の約束など一切しておりません。どうかご安心ください」できるだけ穏やかな口調で告げる。
「まあ、そうでしたか。それはようございました。こうやって来た甲斐がありました」
女性はホッとした顔になり、やっと自己紹介を始めた。
「遅くなりました。わたくし近藤勝江と申します。先ほどは失礼いたしました」

 初めて笑顔になった彼女はいきなりの詰問の非礼を詫び、さらに話を続けた。
「近藤の家は、江戸時代から続く立派な武士の家系でございましたが、明治になってから貿易業に転身したのが成功しましてね、主人が現在の会社の5代目社長ですの。江戸時代から数えると15代続く家系でございますのよ」
「だから、浩さんが今後ちゃんとした人を迎えれば近藤家の16代目になりますの」

 綾は、女性の話を黙って聞いていたが、自分も大人になったなと実感した。
いきなり、結婚する気なのか、とか深い関係じゃなくて安心した、とか言われて以前の自分なら屈辱と恥ずかしさでその場から逃げただろう。

 重い機材を担いで行った現場で遅くまで働いてもクライアントのダメ出しひとつでまたやり直したことが何回あっただろう。男でも根を上げそうなきつい職場を経験して我ながら強くなったと思う。
しかし、綾と自分たちは格の違う人間なのだと言われたことにはさすがに腹が立ち、女性が満足しきって家系の自慢話を終えたとき、ひとこと返してしまった。

| | Comments (0)

May 21, 2015

「最強の相棒」第4回

「K大学を出て今の会社に入りました」と言うので「それじゃKボーイなの?」と訊くと「はい、幼稚園からずっとです」とさらりと答える。
自宅の住所も高級住宅街として有名な場所だ。
結構お坊ちゃんなんだ、と改めて彼の素直な性格に納得した綾は、家に帰るとすぐに彼の会社名を検索して調べてみた。大企業ではなかったが立派な中堅企業で社長の名前は近藤だった。写真の風貌が彼によく似ている。社長の息子なんだと確信した。改めて彼のバッグとか時計などが高級なものであることに思い当たったが次に会ったとき、彼の会社を調べたことは黙っていた。

 しかし、2ヶ月を過ぎても彼は食事とおしゃべりだけのデートに終始するので綾は思い切って「私、来年は30歳になるんです。だから最近親がうるさくて」と遠回しに、どの程度の気持ちなのか探りを入れてみた。このまま不釣り合いな付き合いを続けるのは気が進まない。
「そうですね。僕は、綾さんさえよければこのままお付き合いを続けたいと思っています」彼は、綾の目を見ながら真面目な口調で言うので、綾も思わず「よろしくお願いします」と笑顔で答えた。

 その日彼と別れて家に帰る途中ずっと考えていた。
『お付き合いを続けるって、結婚もありってことだよね』何となく体が軽い。
それまでにも久保から何度か誘いの電話やメールがあったが、忙しいとか体調が悪いとか理由を付けて断っているうちに連絡がなくなった。今の綾には久保のことは眼中になかった。

 それから3週間ほどは、彼が忙しいとの理由でデートは無かったが、ある日電話が入った。
「今度の土曜日のお昼に会えないだろうか?」
その日は仕事が入っていたが上司に頼み込んでなんとか休みをもらった。
場所は二人でよく行ったレストランだったが、約束したのは午後の3時と中途半端な時間だった。
15分ほど早く着いて受付で名前を告げると奥のほうの個室に案内された。
3時を5分ほど過ぎたとき彼が入ってきたが、その後ろから見知らぬ年配の女性が続いた。綾が素早く立ち上がって会釈すると彼が緊張した顔つきで「突然ですみません。母です」とその女性を紹介した。

「浩の母でございます」女性は綾をじっと見つめたままそれだけ言うと綾の向かいの席に座った。
「初めまして。鈴木綾と申します」
綾は深々とお辞儀をしたあとも彼が女性の隣に座るまで立っていた。
彼は席に座ると綾にも座るように促し、慌てた様子でしゃべりだした。
「いや、急にこういうことになって申し訳ない。母がどうしても綾さんに会いたいと言うので・・・」
『だったら前もって言ってくれたらいいのに』綾は急すぎる展開に驚くと同時に浩をうらめしく思った。
しかし、コーヒーが運ばれウェイトレスが戻った後は彼の母親の一人舞台だった。

| | Comments (0)

May 20, 2015

「最強の相棒」第3回

 型どおり男性側から自己紹介が始まったが、ほとんどの勤務先は綾でも知っている一流会社や大手銀行だった。ちらりと女性陣を見ると、うわべは平静を装っているけれどみんな真剣な顔で男の品定めをしている。そして、彼女たちが一番反応するのは彼らの年収のようで、会社名、役職、年齢などであらかた推測できるのだろう、次第に綾以外の3組のカップルが決まりつつあった。

 結局、一人だけ「近藤浩です。会社はまあ中小企業ですが」と言った男と綾が残る形になった。お開きになった後「よろしければ、またお会いできませんか?」という男の言葉に綾は素直にアドレス交換をして別れた。最後に残った男だからではなく控えめで誠実そうな話しぶりに好感を持ったからだ。
もらった名刺には「○○株式会社 総務部 近藤浩」とだけ書かれていた。

 レストランを出て一人で家に帰る途中、綾はあまりに露骨な女性陣の対応に少々あきれていた。女が選ぶ男の第一条件って年収だけなのか。
そりゃあ、いい会社で収入の多い男と結婚できれば生活も安泰だろう。しかし、女の幸せってそれだけで決まるわけじゃないでしょ。若いときはいい男と楽しく恋をして、結婚相手を選ぶときは安全第一なのか。母は、綾が中学校に行くようになってからパートで働き出したし、父が部長になったあとでもスーパーのポイントとか割引を貯めて使うような人だった。そして綾はそんな母を尊敬していた。

 高校時代、女子サッカー部の主将だった彼女は、専門学校時代にときどき仲間としたフットサルでのシュートの威力も男以上だった。そして性格も男勝りな彼女に男友達は出来ても長続きすることはなかった。また、彼氏ができただけで大喜びする女友達の気持ちも分からなかった。

 綾は、親を説得して選んだ道であるカメラマンの腕を磨き、卒業後はその腕で自立することを真剣に考えていた。私は男に頼り切って生きる女にはなりたくない。逆に自分のことを本当に必要としてくれる男とならどんな苦労でもできると思っていた。
だから、他の女性たちへの反発心もあって近藤というその男と付き合うことにしたのだ。久保のことも考えたが、彼はいいお友達なんだと割り切ることにした。

 近藤は、控えめではあるが素直な性格で言葉遣いも丁寧だった。
3歳年上だというのにリードしがちな綾の言うこともよく聞いてくれた。「いいですよ」というのが彼の口癖だったが、無理に男の意地を通そうとしないそういう態度をかえって好ましく感じた。
驚いたのは、1週間に1度くらいのペースで会うときは必ず一流レストランのコース料理だったことで、3度目のデートのとき我慢できずに彼の素性を聞いてみた。

| | Comments (0)

May 19, 2015

「最強の相棒」第2回

久保とは代理店時代に1年ほど付き合ったが、お互い忙しくて1ヶ月に1度くらい顔を合わせて食事するのがやっとという状態だったので、結局友達以上には発展しないまま終わった
飲みながら綾の話を聞いていた久保は「実はオレもな」としゃべりだした。
彼は映像制作会社に入って主にテレビ関係の仕事をしていたが、不規則な生活が続き身体を壊してしまったので6年で辞め、結婚式とかイベント関連を手掛ける製作会社に転職したという。しかし、辞めた理由のひとつには傲慢な人間の多いテレビ関連のクライアントとの摩擦もあったらしい。

「まあ、いろいろあったけど、再会を祝して乾杯しよか」
神戸出身の久保は、どこかとぼけたところがあるので一緒に居て楽しいけれど、綾としゃべるときはなぜか関西弁になる。関西弁は苦手だが久しぶりに聞く彼の漫才みたいな話に笑いながら楽しく飲んだ。
次の休みにまた会う約束をして別れたが、写真の話ばかりする綾の話を理解して聞いてくれる彼は貴重な存在だ。
今度はちゃんと付き合おう、と綾は思った。

 それからしばらく経って綾は高校時代の友人の結婚式に招待された。
新郎が一流の商事会社に勤めていることもあって会場は有名なホテルで招待者の数も多く、結婚式を数多く見てきた綾も初めて体験するような豪華な式だった。
綾にしては精いっぱいのおしゃれをして出かけたが、会場に入った途端あまりの華やかさに圧倒されて『来なきゃよかった』と後悔した。

 それでも席に着き、新婦のウェディングドレス姿を見ると心底きれいだなと感動して涙がこぼれそうになった。高校時代陸上部にいた彼女は、サッカーをしていた綾と同じく真っ黒で走り回っていたのに目の前にいる彼女はシンデレラのようで、まさしくジューンブライドとして輝いていた。
『私も結婚したい』長い間仕事に追われてきた綾は、心の底からそう思った。

 料理が運ばれてきて食事を始めたが、周りにいる新婦の友人たちはほとんどが大学時代の友人か会社の同僚なのだろう。見知らぬ顔ばかりだった。
しかし、スピーチが回ってきたときに綾がした、新婦との高校時代のユーモアたっぷりの話が大いに受け、会場の雰囲気も柔らかくなり隣りの女性とも話をするようになった。そしてお開きになった直後、その女性からこのあとニ次会に行きませんかと誘われたのだ。

 どうやら新郎の友人の一人が、せっかくの機会だから新郎側、新婦側の独身の友人だけでニ次会をしようと画策したらしい。独身女性が一人足りないということで綾も誘われたのだ。
二次会という名目の合コンというわけだが、華やかな結婚式を見た直後の年頃の独身女性に異論のあるはずがない。結局、男女各4名でホテルの近くにあるしゃれたレストランに行くことになった。

| | Comments (0)

より以前の記事一覧