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August 16, 2015

盆の終わりに

関西では今日16日がお盆明けですね。
ウチではお墓参りも終わったので提灯を片付けたら終わりです。

墓は堺にあるので長男に運転してもらって家族で行きましたがみんなで狭い車内にいるとそれなりに話が弾んで楽しいものです。
墓参りの帰りだったと思うのですが、後ろの座席で暇だった次男が窓の外を見て、与謝野晶子の生家跡の標識を見つけました。日露戦争のさなかに従軍した弟に対し「君死にたもうことなかれ」と発表することは相当の覚悟が要っただろうと思うのですが当時は昭和の初期に比べると言論に対してはかなり自由な雰囲気だったようです。
与謝野晶子の生家は墓のある寺からは少し離れているので見つけたのは生家のある場所を示す標識だったような気がします。ちなみにウチのお墓は畏れ多くも仁徳天皇御陵のほうが近いです。sweat01
昔、天王寺から阪堺線で行っていたときは「御陵前」で降りて、テクテク歩いて行ったのを覚えています。train


昨日は戦後70年ということで戦争にまつわる放送がいろいろありました。わが家では直接的に死ななかったにせよ母は赤ん坊を背負ってグラマンの機銃掃射を受けながら窓ガラスの割れた阪急電車で買い出しに行っておりましたが結局肺炎と栄養不足でその赤ん坊は亡くなり、結核だった父もろくな医療品がないため若くして亡くなりました。志願した叔父は霞ケ浦の予科練で訓練中に墜落しましたが額に大きな傷ができただけで無事でした。

母がそうでしたがいつまでも昔の苦しかったことを話すのは嫌いです。肉親を亡くした家族は前向きにその人の分も生きるのが使命だと思います。昔のことから未来を憂うよりはまずは自分自身が希望をもって日々生きることこそが亡き人への弔いなのだと信じています。
母は私が何とか一人前になってからはパスポートを取り、海外へも遊びに行き、膝が痛くて旅行できなくなってからは人に会う度「私は幸せよ」と言っておりました。
そういう母を見て我が家の戦後は終わったと思ったものです。
 
 
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