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May 08, 2015

シリン・ネザマフィ 「耳の上の蝶々」

株式会社文藝春秋社発行「文學界」平成23年2月号から。

日本へ留学してきた女子学生が、女性を縛り付けてきた戒律へ疑問を持ち始めやがて夢を実現するために自分を解放していこうとする過程を率直に描いた作品。
この作者の作品は、自身を投影したであろう主人公が日本人に馴染みのある欧米人ではなく、また近いが故にある種の反発もある近隣諸国の人間でもないそれこそ異国の人であることを意識させられることによって起きる物語が多いが、本作品では初めて来た日本でムスリム(イスラム教徒)であることへの問題がかなり詳しく書かれていて興味深い。
留学した大学では目立ちすぎる容貌のため誰も話しかけてこないし学生食堂でのメニューもムスリムに許されるハラール(許可食物)なのかと悩み、結局いつも無難なサバ味噌定食を食べる。
しかし初めて嗅いだ豚肉の生姜焼きやラーメンの匂いに卒倒しそうになったというのはどうやら嫌悪感だけではなかったようにも感じられるのが面白い。
後年、大好物の食べ物について著名な作家が寄稿した「作家の口福」というエッセイでは、ラーメンへの愛と現在住んでいるところではそれが食べられないことの辛さをユーモアを交えて書いている。

寮で同室の女子学生にはすぐに外国人の彼が出来たが母国では男女が二人だけで親しくすることはタブーなのだ。やがて気さくに話しかけてくれる日本人男子学生も現れる。まだ彼の話を十分理解することはできないが彼が取り付けた内定を蹴って自分の夢であった劇団に入ることを聞き少しずつタブーに挑戦する気持ちが芽生える。

家族以外の男女が触れ合うことすら許されない国から来て初めて経験した電車のラッシュで中年の男二人に挟まれ駅で降りてから泣き崩れたのはお気の毒だがコンビニに置いている表紙が水着姿の女性の雑誌をどうしても見たいと他の人から見えないように姿勢を工夫するくだりは戒律が厳しい国から来た若い女性の正直な話として面白い。

半年が経ち日本の生活に慣れていくうちに母国の女性を縛りつけようとする古い規制から離れたいという思いが強くなりやがて外でも一人だけの時には髪の毛を覆うスカーフを外してみる。
自分も夢を追いかけるために日本に来たのだ。
耳の上の蝶々というのはスカーフを留めているピンのこと。

この号に掲載されていた文學界新人賞の作品や他の作品そして今年の芥川賞も読んだが不明瞭な書き方が気になる作品が多い。シリン氏の作品は視点が明白なのと情緒におぼれすぎることが無いので読後感がすっきりとしていて好感が持てる。恋愛に関して経験が少なかったにせよ男女の慣れあった不完全燃焼の状態を愛だと勘違いしているような描写の多い小説の中で非常に新鮮に感じる。


庭に咲いた紫蘭
 
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