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April 15, 2015

シリン・ネザマフィ  『拍動』

シリン・ネザマフィ 「拍動」
平成22年6月号の「文學界」に掲載された小説。
第143回芥川賞候補に選ばれた。
関西の大学に通う中東からの女子留学生が、恩師である大学の先生から事故にあったアラビア語の先生の通訳を頼まれる。被害者は瀕死の重傷で会話が出来ないため母国から駆け付けた家族に医者の話を伝えるのだ。
先生からはできるだけ穏便な表現をするように頼まれたため医者の厳しい現状説明を見込みのあるように家族に話をしていたため却って家族の不信感を買う。
外国人だから治療も差別されているのではないのか、と被害者の兄弟から厳しく問い詰められると自分自身もそういう体験があったことを思い出すのだ。穏やかで礼儀正しい日本人もそれゆえ本当の心が分からないことがあると思ったこともある。
被害者の兄弟は日本という他国でヒジャブ(頭を隠すスカーフ)も被らずに暮らす彼女が許せないのか男性社会だからなのか彼女への風当たりが強い。家族の怒りと悲しみと恩師の言いつけの間で板挟みになる彼女は苦悩するがやがて真実を知り、それを伝えたときに彼らの罵声を受け、心が凍りつく。
『サラム』という小説では難民の少女の通訳をした話だったが、今回のシチュエーションは瀕死の重傷を負った外国人とその家族との間に立ち、なお且つ真実を知らされていなかったという厳しい状況を描いたもの。フィクションだとしてもドキュメンタリーとしても難しいストーリだが、病院内部や事故現場の様子などかなりの部分は実際の体験だろう。
最後は被害者の母親が悲しみの中、長い間付き合った彼女を抱きしめ感謝の言葉を述べ、日本人らしい配慮で却って彼女を苦しめた恩師が流す涙を見てやっと苦しかった気持ちから解放される。
題名はICUで患者につながれている心拍計の表示のこと。
作者は最初に神戸で生活したためか駅のホームでのサラリーマンの柔らかい関西弁の会話など臨場感が豊かだけれど関東の人には通じないだろう。

40ページほどの短編だがかなり硬質な文体はやはり作者が理系なんだと思ってしまう。細かい情景描写がくどいわりにもうひとつさえないのが残念だけど最後の方の緊迫した描写はすばらしい。
うーん、でも芥川賞にはちょっと遠いかな。


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