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December 19, 2014

「夢」 第6回

 あやうく命を落とすところだった彼は、しばらくの間女とは付き合うまいと固く決心してひたすら仕事に打ち込んだ。3年が過ぎ、真面目な仕事ぶりと業績が認められた彼は係長になった。一流大学を出たとはいえ世間に名の知れた大企業では異例の昇進といってよかった。

 仕事も一段落して、日曜日の午後久しぶりに街に出てみた。3月に入り、春を迎えた街を歩く人々の足取りも心なしか軽く見える。
しかし、そんな中を一人で歩くのは、彼女のいない孤独な自分をあらためて実感するようなものだった。以前、財布を買ったデパートは、相変わらず華やかな飾り付けをして春のセールに懸命だ。

 ふと、ショーウィンドウに目をやった時、白いマフラーをした若い女性の姿が写った。
瞬間、何年か前の記憶がよみがえった。
『あの高校生だ」振り向いたが、そこには白い犬がいるだけだった。こちらをじっと見ている。彼が犬の方へ向かって行くと歩きだしたが、足を止めると後ろを振り返る。
まるで『付いておいで』と言っているようだった。

 犬の後を付いて歩いて行くとやがて公園に入ったが、いつのまにか犬の姿は消えていた。ベンチに誰かが座っている。白いマフラーをした女性だ。
彼がベンチの方に歩いて行くと彼女も立ち上がって近づいてくる。
左足をすこし引きずるように歩くのを見て、以前財布を拾ってくれた高校生だと思ったが、彼女はもう大人の女性になっていた。
「やっと、お会いできました」彼女が言った。

 久美子はこの3月に大学を卒業して4月からは社会人となる。帰りも遅くなり、今までのように夕方から公園で待っていることはできないだろう。もう会えないのかもしれない、と悩んでいたら昨夜いつもよりはっきりとした夢を見た。
彼が、ベンチにいる彼女のすぐそばまでやってきたのだ。
だから今日が最後のチャンスだと早くからベンチに座っていた。

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