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November 01, 2014

「静夜」 第8回

 隼人は、下り坂を時速60キロで走っていた。結構きついカーブがあるので油断はできない。以前は無茶もしたけれど、今はきれいなラインで曲がることが楽しい。もうすぐ左カーブだというとき、左の農道の入り口に夕日を浴びた若い女が立っているのが見えた。
(真弓だ)通り過ぎる時、思わず振り返って彼女を見てしまった。
『ビーーー!』車線をはみ出してくるバイクに驚いた対向車が強烈な警笛をあびせる。
慌てて左にハンドルを切った。
激しい音と衝撃のあと、彼の体は空中を飛び地面にたたきつけられた。


 真弓は、目の前をバイクが通ったとき、運転している男がこちらを見ているのに気付いた。バイクに見覚えがある。
(隼人だ)急いで県道に出ると同時に『ガシャーン!』という大きな音が聞こえた。
左の方を見ると、50メートルほど先でバイクがガードレールの途切れた部分に突っ込んでいた。真弓は走った。バイクからかなり離れた畑でヘルメット姿の男が仰向けに倒れている。そばに駈け寄り、かがみこんでヘルメットのフードを開いた。やはり隼人だった。青い顔をして目をとじたままだ。


 誠治は、帰ろうとして真弓が近くにいないことに気付いた。いくら退屈でも一人で帰ったりはしない。そのとき県道の方から女の悲鳴が聞えた。
「キャーーー!」
「たすけてーー!」
「だれか来てーー!」
誠治は急いで県道に出ると、声のする方向に走った。ガードレールにバイクが突っ込んでいる。その左側の畑で人が倒れていて、そばで真弓が叫んでいた。

「真弓、どうした!大丈夫か!」
真弓は誠治にしがみついて言った。
「おじいちゃん、彼が、彼が」倒れているのは隼人だった。
意識はないが脈はあり、大きな外傷も無いようだ。誠治はすぐに携帯で救急車を呼ぶと、隼人の名を呼びながら泣いている真弓に言った。
「動かしてはだめだぞ、そっとしておくんだ」
そして、その時初めて気がついた。
「真弓、声が出るのか!」


 駆けつけた救急車が隼人を乗せたあと、誠治は、自分や真弓を見てもらっている市民病院に行ってくれるように頼んだ。隊員が連絡すると、受け入れOKだという。救急車が出発すると、軽トラで真弓を家に連れて帰った。隼人の事故を見て、何かが吹っ切れたのか素直に助手席に乗り込んだ。
家に着くと、あとで病院から電話するからと真弓に言い含めて、すぐに隼人の家に行き、母親に事故の話をした。動転しているので運転はさせられない。母親を軽トラに乗せて病院へ走った。

1時間以上待ったあと、医者が出てきて隼人の状態を説明してくれた。
今のところ左足の骨折と全身打撲以外とくに大きな問題はなく、精密検査で問題が無ければ10日ほどで退院できるだろうと言う。落ちたところが畑だったので、衝撃が小さかったのが幸いしたようだ。
すぐに真弓に電話して「大丈夫だ」と言ってやる。
「よかった」と安心したような声が返ってきた。
まだか細いが、真弓の声を聞いたのは何カ月ぶりだろう。
母親は、しばらく息子の様子を見てから一旦タクシーで帰り、車で出直すと言う。

 次の日に、誠治は一人で病院に見舞いに行った。隼人が無事だとわかったら、けんか別れしたことが恥ずかしくなったのか真弓は行かないという。
彼はギプスはしていたが顔色もよく元気そうだった。来週退院できるという。そばにいた母親は誠治に、すぐに発見して救急車を手配してくれたお礼を何度も言った。
隼人は「バイクはおしゃかになりましたよ」と笑った。
「バイクどころじゃないでしょ!もしものことがあったらどうするの!」と母親は怒っている。意識のないまま入院した彼は、真弓が声を出せるようになったことを知らない。

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