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October 27, 2014

「静夜」 第3回

 そんなとき、友人の一人だった美奈子が家を訪ねてきた。
彼女は学生時代に手話サークルに所属し、聾者のためのボランティア活動にも積極的だったので、事故のあと何度も励ましのメールをくれたが、当時、真弓は返事を出せるような状態ではなかった。
学生時代、ひたすら青春を楽しむことにエネルギーを費やしていた真弓には、美奈子のようにボランティア活動をすることなど想像もできなかった。

 一人娘で、両親の愛情をいっぱいに受け、何不自由なく育った彼女は、聾者に限らず、障がい者と呼ばれる人たちは、自分たちとは別の世界で生きているのだとさえ思っていた。
気の毒だ、とは感じても、それ以上自分が何らかの関わりを持とうとはしなかった。だから、美奈子がボランティアをしていることも、口では「偉いねぇ」とは言うが、心の奥では理解できなかったのだ。あるとき、聾者の話をする美奈子に、つい「かわいそうだよね」と言ったら、怒ったような顔をまっすぐに真弓に向けて言った。

「そういう見方がいけないんだよ。かわいそう、なんて言わないで」
「あのさ、生まれつきの障がい者って少ないんだよ。普通に生活していても病気や事故で障がいを持ってしまうことがあるの。私や真弓だって、いつどうなるか分からないんだよ」
「なにも、そこまで言わなくてもいいじゃない」と喧嘩になり、それ以来美奈子とは絶交状態だったのだ。

「結構元気そうじゃない」喧嘩別れしたことなど忘れたような美奈子に屈託のない笑顔で言われ、真弓も思わず笑顔になった。誠治の家は町からかなり離れた山の中腹なので、原付バイクで必死に登ってきたと言う。生活が落ち着くにつれ寂しさを覚えていた真弓には彼女の優しさが心底うれしかった。

「聞こえるんでしょ?」あいかわらず遠慮のない美奈子の言葉に素直にうなずく。家に上がり込んだ美奈子は、真弓が返事できないことなどお構いなしに一人でよくしゃべった。
「聞こえるんだからさ、あとは自分の気持ちが少しでも出せたらいいよね」
「時間はあるんでしょ。ちょっとだけ手話を覚えてみる?」

 同情などではなく、さらりとした彼女の言い方が真弓の心を動かした。
美奈子の言うとおりだ。いずれしゃべれるだろうと思っていてはダメだ。
それから、真弓と誠治は、彼女が貸してくれた初心者受けのDVDで画面を見ながら手話を練習した。美奈子もときどき家に来て手話の指導をしてくれたので、覚えの悪い誠治も使えないけれど少しは理解できるようになった。そういうときに誠治は隼人と出会ったのだった。

 彼に出会った次の日、誠治は軽トラに収穫した野菜の一部と近くの農家から分けてもらった米を積み、バッテリーを交換したバイク屋に行って彼の家を教えてもらった。バイク屋から彼の家まで行き、玄関に出てきた母親に、昨日は大変お世話になりました、と礼を言って野菜と米を渡した。

「こんなに頂いてかえって申し訳ないです」としきりに恐縮する母親に「本当にいい息子さんです」と心からの感謝を述べた。そして、帰る途中で携帯ショップに行き、真弓と同じ会社の携帯を申し込んだ。バッテリーあがりで懲りたのと、誠治の音声と真弓のメールで互いに連絡が取れることを美奈子に指摘されて携帯を持つことにしたのだ。

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