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October 26, 2014

「静夜」 第2回

 真弓は誠治の長男である純一の一人娘だ。
この春に大学を卒業して、ある民放のアナウンサーになるはずだった。
卒業祝いを兼ねて両親と車で一泊旅行をした帰り、狭い山道を登っていた時に対向車線の大型トラックが急カーブを曲がりきれず突っ込んできた。ノーズの短い小さな車だったのと運転席に突っ込まれたので運転していた父親は即死、後席の右側に座っていた母親は、シートベルトをしていなかったためサイドウィンドゥに頭を強く打ち付けて割れたガラスで首を切り出血多量で死んだ。
母親の隣に乗っていた真弓は激突のショックでしばらく気を失ったが、目を覚ましたとき両親の惨状を見て声が出なくなってしまった。

 駆け付けた救急車で病院へ運ばれ検査をしたが、ちゃんとシートベルトをしていたおかげで大きな怪我は無かったものの、医者の問いかけや警察の質問に返事をすることは無かった。 医者は、血まみれで死んでいる両親の姿を見たショックによる心因性の失声症だろうと診断した。
「いつ治りますか?」誠治が医者に尋ねてもはっきりとした回答は無く、とにかく事故のことに触れずに穏やかに暮らしていればそのうちに声が出るようになるでしょう、と言われただけだった。

 事故処理が一段落した後、誠治が葬儀を出したが、事故のことを思い出させないように真弓は入院させたままだった。その誠治も、事故の直後は純一夫婦を失った悲しみで好きな酒も受け付けないほど落ち込み、携帯でしゃべっていたためハンドル操作が遅れた、というトラックの運転手を死刑にしてくれと何度も警察に怒鳴り込んだ。純一は一人息子だった。

しかし、葬儀を終え気持ちの整理がついたとき、涙も見せずにただぼんやりとしている真弓を見て、これからはたった一人残されたこの孫娘を守らなければ、と彼女を引き取る決心をした。誠治は純一の家を整理して、真弓の荷物すべてと純一夫婦の最小限の荷物を誠治の家に運び、彼女が生活しやすい環境を整えた。昔の農家なので古いけれど部屋はたくさんある。純一は、いずれ父親と住むつもりで賃貸暮らしだったので整理するのは簡単だった。
真弓の状態を知った会社は、大変お気の毒ですが、と入社の取り消しを連絡してきただけだった。声が出ないのにアナウンサーとして雇うわけにはいかない。

 そのころ付き合っていた男は、事故のあと何度も電話やメールをくれ、病院にも見舞いに来たが、電話に出ず、メールの返事もなく、そばで何を言っても一切返事をしない彼女から次第に遠ざかるようになり、結局別れてしまった。
『僕には重すぎる。ごめん』が最後のメールだった。
女友達の多くも同様だった。初めて社会人になった彼女たちは、新しい世界に順応するだけで精いっぱいなのだ。

 あれほど明るくおしゃべりだった真弓が、化粧もせずジャージ姿で一日黙って暮らしている姿は誠治の心を重くしたが、顔には出さず努めて普通に接した。少しでも真弓の気持ちが明るくなるようにと、いろいろな花を買ってきて広い庭にたくさん植えたり、畑に行くときは連れて行き、できるだけ自然と触れ合う機会を増やすようにした。事故の記憶なのか、真弓は車内に入ることを嫌がるので、最初のころ誠治は軽トラの荷台に古い座布団を敷き、その上に真弓を乗せてゆっくり畑まで走った。

「見つかっても大丈夫だがな」家から畑までの農道に警官がいることもない。たとえ見られても農家の軽トラが畑へ行くのにうるさいことは言わない。そのうち真弓は、軽トラの後を自転車で付いてくるようになった。青空の下、畑で身体を使うのは精神的にもいいのだろう。一緒に住むようになって1ヶ月も経つと少しずつ真弓の表情が明るくなってきた。
真弓は、しゃべれなくても耳は正常なので誠治の言うことはすべて分かるが、真弓の意志を誠治に伝えることが問題だった。結局大きなメモ帳を持ち歩き、それに書くことにしたが、簡単なことまでいちいち書くのはやはり面倒だ。

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