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October 29, 2014

「静夜」 第5回

「真弓さんはどんな音楽が好きなの?」話題を変えようとして、つい隼人が真弓に話を振ってしまったが、彼女は慌てずに指を動かして誠治に見せた。
「???」ポカンとしている隼人を見て、誠治は「ゆっくりもう一度」と真弓に言い、誠治に向けた彼女の指の動きをじっと見た。
「シ、ヨ、ハ、ン・・・ショパン、かな?」誠治が言うと真弓は軽くうなずいた。
「誠治さんは手話が分かるんですか?」
「少しだけな。今のは指文字といって最初に覚えるものらしい」
「50音全部だから大変ですね」
「それ以外に動作を表す手話がたくさんあるから難しいよ」

 二人の会話を聞いていた真弓が、右手の人差し指をあごに当て、次に左手の手のひらに置いた。意味の分からなかった誠治が首をかしげると、真弓は目の前のメモ用紙に『かんたん』と書いた。隼人が「ふーん」と感心すると微笑して首を軽く振った。

 30分ほどメモ交じりで話をすると、真弓も次第に打ち解けて彼の冗談に笑顔を見せるようになった。隼人が面白い話をすると笑顔のまま両手を胸の前で2、3回交互に上下させる。楽しい、と言う意味だと誠治が通訳する。
しばらくして「わしはちょっと畑へ行くから二人で留守番していておくれ」と言って誠治は席を外した。二人で誠治を玄関から見送ると、真弓は隼人を自分の部屋に入れた。
古い農家の日本間だが、しゃれた色合いのカーペットを敷き、カーテンや飾り付けも若い女性らしい色合いで統一されている。以前真弓が住んでいた部屋の調度品を持ってきて、できるだけ同じ雰囲気になるように誠治が苦労してセッティングしたのだ。

 ピアノや小さなソファが置いてあり、壁際には小さなコンポがあるが寝る部屋は別みたいだ。真弓が1枚のCDを取り出してコンポにセットすると、ピアノ曲が鳴り始めた。
「ショパン?」隼人が訊くと軽くうなずく。でも、隼人があまりクラシックに興味が無いようだと分かると、真弓は10分ほどでCDを止めた。
『何か話して』とメモに書く。

彼は、学生時代に友人と二人で行った北海道へのツーリングの話を始めた。苫小牧までフェリーで行き、いろんな岬を巡りながら2週間でほぼ一周したという。
「宗谷岬まであと30キロ位の場所からさ、どちらが早く着くか競争したんだ」
「もう少し、というところまでは僕の方が早かったんだけどね」
真弓は興味津々といった顔で聞いている。
「あと1キロというときにエンジンが止まってね」
真弓は「エッ?」という顔をする。
「ガソリンが無くなった」
『それで?』我慢できず、真弓はメモ用紙に書いた。
「追いついた相手のバイクからガソリンを分けてもらって、後ろをついて岬まで走った」
『負け?』
「まあね、もうどうでもよかったけど」隼人は笑っている。
『何時間かかったの?』
「正味で15分くらいかな」
頭の中ですばやく計算したら時速120キロになる。
真弓は『ウソ』と書く。
隼人はニヤニヤ笑いながら黙っている。どうやら本当らしい。

 若い男たちのバカな話は、真弓が行ったことのない北海道の雄大な風景を想像させてくれた。彼女が付き合っていた男たちは、スマートでしゃれた話しかしなかったのでこういった破天荒な話は新鮮だ。
「表に出ようか」部屋を出た隼人がバイクのところに行くと、あとからついてきた真弓はバイクの後ろにひょいとまたがった。
「怖くない?」隼人が訊くと軽くうなずく。
「今度、一緒に町へ行こうか?」と言うと、かすかに笑顔を見せた。そこへ軽トラで誠治が戻ってきた。真弓がバイクに乗っているのを見て驚いた顔になる。
「車には絶対乗らないのにバイクは平気なのかな?」
真弓は相変わらず笑顔のままだ。

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