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October 30, 2014

「静夜」 第6回

 次の日曜日に、隼人は真弓用のヘルメットを持ってやって来た。
「くれぐれも気を付けてな」心配する誠治に、絶対安全に走ります、と言ってバイクに乗った彼の後ろで真弓は初めての体験にいくぶん緊張している。
最初は隼人の体にそっと手を回していたが、普段と違った厳しい声で「しっかりつかまって!」と言われ、遠慮なくしがみついた。
見た目と違ってたくましい体に一瞬ドキッとする。走り出しても怖さは感じなかった。
彼の背中にくっついて走っていると、安心感でいっぱいになる。

 誠治は、ゆっくりと走り出したバイクを心配そうに見送った。照れながらもうれしそうな真弓の顔を見て幸せな気持ちになる。
二人は1時間ほどして戻ってきた。
「どこへ行ってたんだ?」誠治が訊くと、真弓は肩掛けバッグからコンビニの袋を出した。中からアイスとかサンドイッチとか女性週刊誌とかいろいろと取り出す。
そういえば、彼女はここに来てから初めて町に出たのだった。
コンビニで買い物をしただけでもうれしかったに違いない。

 それからは、日曜日には隼人と一緒に町へ出て買い物や食事をするようになった。美奈子から『行こうか?』とメールが来てもあれこれ理由を付けて断っている。
駅前の大型ショッピングストアまで行くと、真弓はあれこれと買い物をした。最初、隼人は女性服の売り場へは入らず、表でじっと待っていたが、そのうち真弓から携帯で買い物終了のメールを入れるようになったので、その間彼も自分の買い物ができるようになった。
ただ、隼人は手話を知らないので、一緒のときはメモが手放せなかった。
彼が手話を覚えてくれたらもっと楽しいのに、と思うがそれは言えない。

 でも、平日は夜、彼が仕事から帰ってからメールと電話であれこれ話ができるので寂しくはない。真弓は、10分ほどメールのやり取りをして最後に『電話して』と送る。すると、彼から電話がかかる。最後に隼人の声を聞いてから寝るのが日課になった。
2か月もすると、真弓は声が出ない以外は以前とほとんど変わらないほど明るくなっていた。

 誠治は真弓と共に病院へ行き、最初に彼女を診察した医師に現状を報告した。
「はっきりとは言えませんが」と前置きしながらも「精神状態がかなり安定してきたようですから、時期は明言できないにしてもいつか良くなる可能性はありますね」とあくまで慎重な物言いだ。

「良くなるというのは声が出るということでしょうか?」誠治は食い下がる。
「いや、あくまで可能性はある、ということです」
「とにかく今のままの穏やかな生活を続けてください」
すっきりとはしなかったが、今までも月に2回ほど真弓を病院に連れてきて、この程度の言葉でも医者から聞き出せたことで少しは希望が出た、と自分を納得させた。

 8月に入り、13日に純一夫婦の初盆の法要を行なった。
真弓は、仏壇の前の両親の写真を見ても、もう動揺することはなかったが、さすがに誠治の隣で悲しみをこらえている姿が参列者の涙をさそった。誠治に言い含められているので、親戚や知り合いも真弓に声をかけたりはしない。

 次の日の午後、美奈子が小さな車に乗って突然やってきた。初盆だから真弓はいるだろう、とメールもよこさない。誠治に挨拶をして仏壇の前に行くと手を合わせる。
こういうところは律儀なのだが、正座が苦手なのですぐに真弓とリビングに行ってしゃべりだした。
「ひさしぶりだね。最近は忙しくてさ、毎日帰りも遅くて休みの日でも家でゴロゴロしているよ」盆休みが本当にうれしい、とぼやく。車は初めてのボーナスで買ったという。

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