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October 31, 2014

「静夜」 第7回

 しかし、すぐに美奈子は真弓の雰囲気が以前と違うことが分かった。
「マユミ、きれいになったね、何かあった?」
ちゃんと化粧をして、今日は珍しくスカートをはいている。彼女のすっきりとした装いは、女の美奈子が見てもすてきだと思うが、それ以上に表情が明るく輝いている。
真弓は軽く微笑んだだけだ。
「手話、どう?」美奈子は、それ以上追及するのをやめて話題を変えた。
『少し』手話で返事する。
「まあねぇ、相手がいないからねぇ」普段は畑に行くので誠治もそれほど覚えられないのだろう。そのうちに、真弓の様子が何となく落ち着かないのに気がついた。

 しばらくすると表でバイクの音がした。
真弓が玄関に行くと隼人が立っていた。さっきから雨が降り出したのでかなり濡れている。急いで自分の部屋に行き、タオルを持ってきて彼に渡す。今日は隼人と家でゆっくりしようと計画していたのだ。家に上がった隼人は、仏間へ行き、香典を誠治に渡して仏壇の前で丁寧に拝んだあと誠治とリビングに行った。

 若い男がリビングに入ってきたので、美奈子は驚いたが「小林です。真弓の友人です」と頭を下げた。彼も、見知らぬ女性がいるので一瞬戸惑ったが「初めまして、伊藤です」とあいさつをする。誰だろうという顔をする美奈子に、誠治が「畑仕事の知り合いですよ」と隼人を紹介した。
あいさつの後、帰ろうとした美奈子に「雨が降っているし、もう少しいいでしょう」誠治が引き止めたので、真弓も気持ちとは裏腹にうなずいてしまった。
とっさに「また、今度ね」と声を出せないのがつらい。

「じゃ、ちょっとだけ」やはり隼人が気になる美奈子は、ふたたび椅子に腰を下ろしたが、結局彼と話しこむ羽目になってしまった。さすがに二人のことは訊かなかったが、バイクの話、仕事の話、食べ物の話、最近のテレビドラマの話など、真弓と手話をかわすことを忘れて隼人とのおしゃべりがはずむ。しばらくして、二人は、席を外した真弓がいつまでたっても帰ってこないことに気付いた。

 しまった、真弓を置いてきぼりにして隼人とばかりしゃべっていた。
美奈子は、急いで真弓の部屋に行くと「いいかな?」と声をかけて部屋の戸を開けた。真弓はうつむいてソファに座っている。
「ごめん、もう帰るね」美奈子は、真弓の返事を待たずに戸を閉めた。
リビングに戻り、隼人に「調子に乗りすぎたみたい。ごめんなさい」と言うと車で帰っていった。彼がリビングの方に戻ろうとすると、真弓が部屋から出てきた。

「ごめん」バツが悪そうに謝る隼人の手に折りたたんだ紙切れを押し込むと、再び自分の部屋に入りピシャリと戸を閉めた。
紙を開くと、こう書いてあった。『もう、会わない』

 バイクの音がしたので、仏間にいた誠治がリビングに行ったが誰もいない。
そっと真弓の部屋の戸を開けるとソファで泣いていた。
隼人は家に帰るとすぐに真弓にメールをした。
『ごめん、真弓にさびしい思いをさせた、本当に悪かった』
何度メールをしても返事は来なかった。
翌日から真弓はふたたびジャージで過ごす日々に戻ってしまった。

 9月になってからも隼人が来ないので、誠治は家に行ってみたが彼はいなかった。出てきた母親に訊くと、以前のようにバイクで山の方に行っているらしい。隼人が来るようになってから真弓が目に見えて明るくなった、と喜んでいた誠治の落胆は大きかった。
さすがに朝夕は涼しくなったので、誠治は気乗りしない真弓をできるだけ畑へ連れ出すようにしている。夕方になり、野菜の取り入れが一段落したので真弓は農道を県道に向かって歩いて行った。
道路わきに咲くコスモスが夕陽の中でひときわ美しい。
しばらく見とれていた。

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