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August 14, 2014

「最後の選択」 第5回

 恋人時代と変わらぬ優しさで彼を支え、母としてもきちんと子供たちを育てる妻と喧嘩することもなく、家庭に恵まれた彼は会社でも順調に実績を上げ43歳の時大阪営業支店長の辞令を受けた。
受験を控えた中学生がいるので単身赴任しかなかったが、1か月に2度は家に帰ったので忙しく働いていた東京時代とそれほどの差は感じなかった。
妻は、大阪へ行った当初は月に1度くらいは来ていたが、几帳面な彼が掃除も洗濯も結構まめにしていたので安心してそのうち来なくなった。

 大阪で半年ほども経つと部下を連れて行く常連のスナックも見つけ、時々一人で顔を出すようになり、そのうち仲良くなるホステスもできたが真面目な彼は店で馬鹿話をするだけで十分だった。東京には今でも可愛いと言える妻と幸せな家庭がある。冒険をする気は毛頭なかった。

 ある金曜日の夜、馴染みのホステスとかなり飲んだ後、遅くなったので近くまで送ろうということになり、一緒に店を出たが彼女は悪酔いしたらしく気分が悪いと言い出した。
足元も危ういのでタクシーを止めて送り届けようとしたが、その時には口もきけない状態だったので放っておけず、仕方なく社宅まで連れてきた。抱えるようにして部屋の中に入れ、何とかリビングのソファーに寝かせ水を飲まそうとしたとき奥の部屋から妻が現れた。
「あなた、何をしてるの!」悲鳴のような妻の声が部屋中に響いた。
いくら事態を説明しても幾分正気になったホステスが説明しようとしても錯乱した妻は聞く耳を持たなかった。

 何とかタクシー会社に連絡してホステスを送りだしたあとも泣き続ける妻の横で彼は疲れ果てていた。
「私は騙されていたのね」ほとんど寝ずに似迎えた朝、妻がポツリと言った。
ちがうんだと何百回説明しても、派手な衣装のすそを乱した若い女が夫の部屋のソファーで横になっていた姿を目に焼き付けた妻の耳には入らなかった。土曜日が夫の誕生日だったので黙って大阪に来てサプライズで驚かそうとした妻にとってはまさしくむごい仕打ちだったのだ。
妻から話を聞いた子供たちの反応は冷ややかだった。「サイッテー!」「バッカじゃないの!」
 
 半年後、妻と離婚する羽目になった。
高校の時から彼以外の男と付き合ったこともなく、結婚して20年ひたすら夫を信じ切っていた妻にとってはショックが大きすぎたのだ。
マンションを譲り養育費を払うことに異存はなかった、というより何を言っても受け付けない妻にもう弁明する気力が失せ果てていた。
何もかも嫌になった彼が、駅の改札を出てあの古い家に向かおうとしたら男は道の途中に立っていた。

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