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August 10, 2014

ブログ小説「最後の選択」 第1回

今日から1週間お盆特集としてブログ小説を連載します。
しばらくの間お付き合いのほどお願いします。
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 改札を出て家に帰る道に出て、一郎は今日部長に言われたことを思い出していた。
「粗利も大事ですが、まずは売り上げを伸ばさないと営業ではないでしょう」入社は彼よりあとだが、T大学卒の威力は大きく、彼を追い抜いて去年部長になったやり手だ。一応先輩の彼に対し丁寧な口をきくけれど皮肉たっぷりに言われると心が重くなった。

 設計から製造に行き営業技術を経験して営業に来た彼は、受注に際してはきちんと各部署に見積もらせ粗利が出ない価格では出さないのでどうしても受注が少なくなる。
しかし期ごとの成績になると各担当者や課の売り上げが真っ先に評価されるのだ。
もうお盆休みに入った13日というのに彼だけ緊急に呼び出され、上半期の売り上げの悪さをなじられたあげく言われたことが「近々臨時の異動がありますからね」だった。

 異動って降格なのか左遷なのだろう。地方に飛ばされたら受験を控えた子供たちを置いて単身赴任するしかない。でもどちらにしても今でも苦しい家計をさらに圧迫するだろう。
それにその娘や息子とは毎日のように衝突している。
昨日の夜は、長女の綾が急に一眼レフを貸してくれと言い出した。
「いったい何を写すんだ?」
「何でもいいでしょ」
今までカメラなんか見向きもしなかった娘に簡単に大事な一眼レフは貸せない。
しつこく理由を聞き出そうとしたら「もういい!」と自分の部屋に入ってしまった。
そばで聞いていた妻が「いいじゃない。貸してあげたら」と言うので「カメラは精密機械なんだ。おもちゃ代わりに気まぐれに使うものじゃない」と言ったら「あなたってケチねぇ」ときた。
ケチじゃない。ものを大事にしているだけだ。

 息子の孝とはかれこれ1週間近く口をきいていない。
もう2年生だから受験を真剣に考えてほしいのだが、あまり身が入らないようで成績も中の上くらいで止まっている。一度、ある程度の大学に入って大きな会社に入らないとこれからの人生がどうのこうのと、お決まりの説教をしたら「それっておとうさんができなかったことを子供に押し付けているだけじゃないか」と反発してきた。さすがに怒る気力も無く息子が外に出ていくのを黙って見送るだけだった。
この時も妻は息子の肩を持った。「あの子もいろいろ悩んでいるのよ」

 4歳下の妻が自分を慰めてくれたことなど一度もない。同じ会社で知り合い、それなりに恋愛をして2年後無事に結婚した。結婚当初こそ素直に「ハイ、ハイ」と従ってくれたが長女が生まれてからは赤ん坊の世話にかかりきりになり、長男が生まれてからはほとんど無視されている。それどころか最近は生活費のやりくりの苦労話を聞かされることばかりだ。

 確かに大会社ではないし49歳になってまだ営業課長だから給料はそれほど多くはない。自分の信念を曲げずに通したため出世は遅くなったがそういう言い訳は一切しないので妻にはわからない。家族のために嫌な思いをし、ぐちも言わずに働いた自分の人生ってなんだったのだろう。

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