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August 12, 2014

「最後の選択」 第3回

 受験当日配られた用紙を見て驚いた。先週もらってほぼ丸暗記した問題とほとんど同じだった。彼は無事にT大学に合格し、両親は大喜びで彼のために東京でアパートを借りてくれた。
「学費と部屋代は送るからアルバイトなんかせずに勉強するんだよ」
4年間しっかり勉強して文句のない成績で卒業した彼は中堅の商社へ入り5年後には同じ大学で付き合っていた彼女と結婚した。彼女は卒業後大手の証券会社に勤めていた。

 結婚して3年経ったときニューヨークへ転勤になった。妻は会社を辞め彼と共にアメリカへ渡ったが、子どもがいなかったので時間を持て余し滞在中の5年間の間にニューヨークの大学でPh.D.を取得した。
東京へ戻った彼は都内にマンションを買って本社勤務を続けていたが、妻は大学時代の教授のつてで、ある私立大学に講師として勤めるようになり3年後には35歳の若さで准教授に抜擢された。

 端正な容姿と冴えた論理の展開、説得力のある話術そしてニューヨークで鍛えられた英語が生きてテレビにも頻繁に出演するようになった。
そうやってお互い忙しく過ごすうちに、2日も顔を合わさないことが珍しくなくなり共に食事をする機会も減っていった。

 そして2年後、彼が40歳になった時に異動で彼は大阪支店長の辞令を受け取った。支店長だから栄転ともいえるが東京から離れることは彼が目指していた本社の取締役への道が絶たれたことを意味した。
仕方がない。支社長の道をめざすだけだ、と自らを慰めながらその日は早く帰宅した。

「私は行かないわ」彼が大阪への転勤を告げた時、妻は即座に答えた。
「そうだな。僕が単身で行くよ」と言うと
「あのね、もうこういう生活はやめましょう」と妻が切り出した。
「夫婦といってももう形だけじゃない。私はもっと自分の可能性を広げたいの」
「それってどういうことなんだ?」
「ごめんなさい。私たち別れた方がいいと思うのよ」

 返す言葉は無かった。確かに形だけの夫婦になっていた。立派なマンションに住み、何不自由無い生活だと思っていたが、ただ一緒に住んでいただけだったのだ。
話し合った末、マンションは妻に譲ったが、彼女は自分のわがままだからと言って金銭は一切受け取らなかった。そのころにはもう彼以上の収入があったのだ。
妻と正式に離婚して独りになったあと、全身を襲う空しさを抱いて彼は大阪へ向かった。

 夜、駅の改札を出ると自然に足があの古い家に向かった。
家の前にあの男が立っていた。
もう家の中には入らず男に言った「今度は17歳の時に戻してください。大好きだった彼女に会いたい」

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Comments

Namikoさん
読んで頂けて光栄です。
前回のは単純な恋物語でしたが、今回はかなり凝った内容にしましたので全7回をお楽しみくださいね。

Posted by: よし | August 12, 2014 at 01:47 PM

小説拝読していて楽しいです。前回の作品より私はこちらが好きです。(すみません!)

Posted by: Namiko | August 12, 2014 at 12:45 PM

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