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August 15, 2014

「最後の選択」 第6回

「あと1回です」男が言った。
「最初にあなたに会った時に戻してください。元の人生で頑張ります」
「これが最後の選択ですよ。いいですね」
うなずくと「今度はあの日に戻るのではなくてその5日後に送りましょう。今までのことや私に会ったこともすべて忘れていますよ。ではこれでお別れです」
彼が握手しようと右手を出したら男はその上に右手を重ねるようにしただけで路地に消えていった。

 軽い足取りで家に向かっていたら道の途中で妻が立っていた。
「お帰りなさい」
「ああ、迎えに来るって珍しいな」
「ううん、卵が切れていたので買って帰るところなの」
「あのな、俺部長になった」
「えっ、どういうこと?」
「今日、臨時の異動があって営業部長になったんだ」
「じゃ、今の部長さんは?」
「地方の営業所へ課長として行くことになった」

 4月に就任した新しい本部長がこれまでの3年間の営業成績を各課と担当者別で詳細に調べた結果、今の部長になってから売り上げを優先するあまり利益を軽視する傾向があり、そのうえクレーム件数も大幅に増えたことが判明したのだ。
そして課別でみると彼の課の売り上げは伸び率こそ低いが、利益がきちんと確保されているのと納入後のクレームもほとんど無いことが分かった。

 事態を重く見た本部長は盆休み明けの18日に臨時の人事異動を発表したのだ。
課長に降格され地方に行くことになった部長の顔は青ざめていた。
本部長は彼に辞令を渡しながら「あなたのような人材こそわが社にとって必要なんです」と言った。
俺の人生は間違ってなかったんだと大きな声で叫びたかった。

 話を聞いて彼以上に喜んだ妻は並んで歩く間よくしゃべった。
「綾がカメラを使いたいのはね、今度野球部の試合を写したいんだって」
「へえ、野球部に好きな男でもいるのか」
「そんなんじゃないみたいよ。訊いてみたら」と妻はわけありげな笑顔を向けた。
「それから孝はね、塾でも上級コースに入れたのよ」

 妻と一緒に家に帰ると綾が玄関に出てきた。真剣な顔をしている。
「お父さん、ちょっと話があるんだけど」
娘の部屋に入ると熱く語りだした。
「私ね、スポーツカメラマンになりたい。だから写真専門学校に入るつもり」
「どうしてスポーツカメラマンなんだ」
「スポーツに限らないけれど最近は女性カメラマンがすごく活躍していて私もなりたいと思った」
「だからまず野球部でテストをするのか」
「うん、バッターが球を捉える瞬間なんかを写したい。いいでしょ」

勉強は嫌いだが女子サッカー部で活躍している娘がプロの重い機材を担いで走り回る姿を想像してみた。来年は短大を受けるものだと思っていたが、好きな道を見つけたのなら専門学校でいいだろう。
「分かった。明日から使い方を説明するよ」
「お父さん、ありがとう」娘は今まで見たことのないような笑顔になった。
 
 リビングに戻ると孝が座って待っていた。
「僕、上級コースに入れたしこれからしっかり勉強するからね」
「そうか、よかったな。頑張れよ」
「でもな、勉強をすることはいいことだけど人生は大学だけでは決まらない、ということも覚えておきなさい。辛いことから決して逃げずに自分の信念を通すことが大事なんだ」

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